Quantcast
Channel: *
Viewing all articles
Browse latest Browse all 591

十三日のきん曜日......

$
0
0

不定期に書く「自分の過去を見返る、わたしの13歳の中二」

二学期というと、体育祭、文化祭、音楽の授業に合唱&クラス対抗の合唱大会。

文化祭は「吹奏楽部の持ち時間」がある学校でして(ココでなけりゃどこでやる)、当日は楽器を持ち運ぶ!階段を四階から降り、渡り廊下を抜け、一階の外に出て、体育館の舞台に運び・・・本番前に息が荒れそうですが本番をやり、辿った道を戻る一大イベント。文化祭の演奏曲は顧問の教諭が譲歩した選曲を貰えて(嬉しい事です)「吹奏楽らしいクラシック」と「生徒に今、流行の曲」を両方から。ありがたや。
たとえば!確か中三の時に・・・『めざせポケモンマスター』BPM120だが16分音符が連なる迷曲。低音部のチューバすら軽快にテンポを刻む迷曲で「同級生は聞いた事も無いアニソン」を楽譜だけで演奏し・・・聞き慣れていても歌えないわたしが聴いて「できてる!全くその通り」と拍手した、想い出の曲。

合唱のクラス対抗大会は...ひたすらに「笑い話」そして、わたしはこのエピソードを経て合唱に「疲れた」んだと思います。
学校において「合唱は卒業式のためにある」と言ってもいい、つまり合唱大会は「中三には卒業式に練習に換わる」ので、合唱大会は中一と中二のみでした。
で。
校内では有名な「大地讃頌」は、中二の課題曲ですが「争奪戦=音楽教諭たちの説得を拒み!クラス間での協議にも退かず・・・ジャンケンの戦利品」となる合唱曲。
「大地讃頌」(だいちさんしょう、1962年、作詞は大木惇夫、作曲は佐藤眞)は「混声合唱とオーケストラのためのカンタータ『土の歌』」の終曲。
わたしの居たクラスの学級委員長が持って帰ったこの「戦利品」。
どれどれ。
楽譜を観て唖然、としました「合唱が出来れば、さぞ美しい」でしょうが!この「高音域」だれが出るの?・・・不味い物が来た、きちゃった。これが「笑い話」の始まり。
クラスが40名、なら本来は「内2名が伴奏と指揮を考えても、ほぼ、ソプラノ、アルト、テノール、バス、が同数で各10名ずつ」のはず。はずです!歴代の合唱はそうらしいです。
わたしはソプラノが出ました。ほかの女子19名がアルト。?。可笑しいだろ。明らかに!可笑しい。結局、「合唱が出来ればさぞ美しい!この高音域ソプラノ」が誰も出せねぇぜ..。やりましよ「ソプラノ1名、アルト19名、テノール9名、バス9名」の異様な合唱を。
幸?なのか、悪い噂も無く、当日を迎えました。さぁ!今年の名曲は・・・こうなった「合唱が出来ればさぞ美しい!この高音域ソプラノ」が「ソプラノ1名、アルト19名、テノール9名、バス9名」の異様なアンバランスの合唱、なのに、35名以上の声量に劣らずソプラノ1名の声量(音量)が間に合って合唱が出来ている、の・だ・が、肝心のソプラノ1名の音程が半音低い(不協和音?)・・・わたしだって解りますよ、治すには一瞬でも歌を切り捨てるんですよ・・・棄てられなくて、出し直せず・・・最後の和音だけは「合唱が出来ればさぞ美しい!この高音域ソプラノ」が半音高く出て、有終の美を飾った。
終了。
ぃゃー判るんです「昼間の客席の動向」って。
物凄く!「声を立てて笑わない様に!必死に、無言を噛み締める人々」が可哀そうで、申し訳なかった、笑っていいんだよ、本当に可笑しいんだ、息を吐きなよ。これも思い出の迷曲。
この日の下校時に、合唱部が残りわずかだけど!合唱部にも来てよ!とオファーが。物語のようなエピローグ付き。
でも、合唱に疲れた、ので辞退。終了。
...でも後日談。
高校の文化祭の有志のステージで当時の流行のゴスペラーズ(だったような)風味の「アカペラを、和音を組んでオリジナルで遣りたがった友達に、便乗して、図書館に出入りする仲の6名」でやりました(この時にマイクが5本だったから。わたしはマイク無し、それぐらいで善いんだよ、わたしは声量の制御が出来ない方だったからね。)
(イタリア語 a cappella ア・カペラ:簡素化された教会音楽の様式。転じて、無伴奏での合唱や重唱。)
だから。
今でも声楽も器楽も好みです。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 591

Trending Articles