内容は、失敗だった記事の修正=わたしが間違えました、です。盲信を手助けする記事を出した失敗を認めます。
2013-04-07 UP (本当は2012-12-27 00:01:36に置く予定でした)
過去UPの多くに「自分の感覚を信じる」と書きました。このニュアンスは「事実=そう感じた自分がいた、終わり」という完結です。確かに、わたしは自分の感覚を「事実として」大切にしています。否認したらはじまりません、事実を認めてバタバタ騒ぐとはじまる。でも。触覚(10の2乗Hz前後のみ)はとても狭い。ごく一部です。だから、感覚(痛み&感情)で考える人は、理性が狭く論理がアンバランスな人です。差別します、特別扱いの人を含めたまわりに完璧を強いる、まわりを軽蔑する、執着があるから「人間性が冷たい人」です。
今日の本題は「痛み」の関連です、痛みから回復するときに「リンパ(脾臓)の排出システム」を使います。
痛みは多様です。
・外傷、
・行き違い、誤解、
・無自覚な相殺(いじめ返し、仕返し、復讐)、
・ドタキャン(約束を破られた、相手からの軽蔑(けいべつ)=待たされたのに軽んじられた)
・執着を突く一言や動作
他にもあるでしょうが、こんなところです。でも。肉体の神経では「激痛or気持ちいい刺激」が同程度の刺激(10の2乗Hz前後の触覚=刺激(痛み))なんだそうです。
痛いと気持ちいいの区別は、考え方なんです。
感覚は、考えの種であり、解釈によって体験の「気持ちいいor気持ち悪い」を決定する。
感覚を感じさせて、考え方を仕組み行う(動作する・感情を記憶する)。「感じさせる」、と自分だろうが他者だろうが動く。動く可能性の操作が「自己暗示の制御」なんですが、同時に支配(介入的操作、干渉、過干渉=過保護)です。
では。
理性の広い人・バランスのある人に成りたくないですか?
本来は、みんな、人間性が温かく・応接が優(やさ)しい・優(すぐ)れた人なんです、性格イイ人なんです。人類が使用できるエネルギーは「10の2乗Hz~10の14乗Hzまで」と広い。人類の価値観の原型は「量子力学の法則」なんです。
と言う事は。
痛みがあればラッキー!立ち止まって「痛みの発生源である思い出に相殺を整える」自己回復のチャンス。
感覚の源には、設計図になる、「自己の価値観=やる&目的意識」と「自我の執着=待つ癖の被害者意識&罪悪感の罪意識」があります。
待つ癖というとしっくりしないかもしれませんが、13歳以下で「また、待たされる、捨て子にされたかもしれない気分悪い思い出」って無いですか。無い方がいいです。
自分の所有を自覚化した意識を創ることが可能なんです。
「執着(癖)を相殺して解放する許し」
「恐さ回路の縮小」
この手続きは、「価値観」を自覚化した意識を創ることです。ぜひ、動作→考え方→感じ(感覚、感情)→価値観とたどる「自分探し、自己理解、自分の価値観への探求心(知性)」を楽しんでください。